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帯広百年記念館ロビー展 ひな人形展 2012年3月4日まで開催中しています 写真をクリックすると拡大します |
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平成15年、木目込みのひな人形は珍しく、とてもかわいかったので自分のために買いました。でも、たくさんの方に見ていただきたくて寄贈しました。 (斉藤和子さん 帯広市在住) |
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長女は昭和27年2月生まれですが、昭和29年になって内裏雛、三人官女を買いました。 その後、五人囃子、随身、三人仕丁などを随時買い揃えていきました。そのため、違和感のないように出来るだけ似たつくりのものを選びました。 (山口 栄さん 帯広市在住) |
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私は、昭和2年1月10日、岡山県で生まれました。母方の祖父母が、その年にひな人形と掛け軸2本を買ってくれたと母に聞かされて育ちました。 昭和22年に結婚して北海道へ渡って来ました。その時に両親が、蔵の長持ちの中からひな飾りを持たせてくれました。残念ながら、高砂人形やたくさんのタンスなどの飾りは、荷物になりますので持ってくることができませんでした。 当時は、ひな人形が珍しかったのか、鉄道官舎に住んでおりましたが、ご近所の方たちがよく見に来たのを覚えております。 娘が生まれて新しいひな人形が飾られましたが、私の人形も控えめな場所で飾っていました。(瀧 静子さん 帯広市在住) |
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百年記念館に寄贈させていただいたひな人形は、昭和13年生まれの長女キミ子が生まれて、その年の2月に帯広市内の玩具店で主人が購入したものです。昭和35年ころに花と内裏様がネズミにかじられたものか傷んだので、長女が新しく買いました。 子供は4人姉妹でしたのでずっと飾っていましたが、主人が出征して戻ってくるまでは飾っていなかったように思います。そして、子供たちのために3月3日のその日には必ずしまっていました。(田中キヨさん 帯広市在住) |
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緑ヶ丘保育所より百年記念館へ寄贈されたこのひな人形は、昭和7年、私の初節句に父と叔父に買っていただきました。以来、父は私が昭和30年に結婚するまで、必ず桃の節句には自分一人でひな人形を飾ってくれました。 昭和31年に私に娘ができたときに、私は自分で新しいひな人形を娘に買いました。今思えば両親は孫にこの古いひな人形を渡したかったのかもしれません。孫に渡すことができなかったので、保育所に贈ったのでしょう。でも、どこの保育所なのか聞いていなかったため、行方が分からなくなり、平成8年にこの百年記念館に飾られて出会うことができました。きっと両親の気持ちが通じて、また会えたのだと思います。(佐藤博子さん 帯広市在住) |
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百年記念館に寄贈させていただいたひな人形は、私たち家族が小樽で生活していた大正14年に、長姉の誕生に合わせて両親が買いそろえ始めたものです。昭和19年、家族で帯広へ移りました。終戦後の食料難のときに、農家の方が食料との交換品にこのひな人形を欲しがったそうですが、両親は譲らずに残してくれました。 また、このひな人形と一緒に飾ってきた土で作られたミニチュアのひな壇飾りは、やはり小樽時代の昭和15年に次姉が小学校に入学するのを記念して、叔父が札幌の三越デパートで買ったものです。 (間杉亮子さん 帯広市在住) |
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このおひなさまは、明治22年生まれの帯広在住の女性(石川県出身)の方がお持ちだったものです。残念ながら昭和62年に亡くなられましたが、このおひなさまを譲り受けた市内の知人の方が毎年必ず飾っておられたものです。(帯広市内在住女性) | |
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私は昭和23年3月22日生まれです。昭和24年、狸小路の闇市で50円で売られていたひな人形を、昭和20年生まれの姉と私のために父が並んで買ってくれたそうです。昔気質の人で、買い物一つしたことのない父でしたので、母はとてもビックリしたそうです。当時、札幌の北19条の軍人官舎に住んでいましたが、近所の皆さんが大変珍しがって見に来ていました。 雛祭りの日には毎年、甘酒とちらし寿司に吸い物、桜餅、ひなあられを用意してくれました。そして、母は毎回買った時のいきさつを私たちに話して聞かせてくれたものです。(半澤妙子さん 帯広市在住) |
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昭和28年2月に長女が生まれた時に、私の母(当時 芽室町在住)が嬉しかったのか、帯広じゅうを駆け回って探してくれたそうです。 私は娘二人を授かりました。二人は、泣いたときや落ち込んだときに、穏やかな顔のひな人形をみると不思議に落ち着いたものです。なので、二人の間では「微笑みのおひなさま」と呼んでいたようです。 3月3日には、ちらしずしやお餅、あられなどをお供えして家族でお祝いしたものです。(渡部愛子さん 帯広市在住) |
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この雛人形は、昭和7年、旭川市で生まれた7歳年上の姉の初節句におじい様が旭川で買い求めて贈ってくださいました。 私にとってこの雛人形は、両親の愛情であり、姉とのたくさんの思い出があり、嫁いだ私の娘の幼い日々の思い出です。毎年欠かさず飾ったのは、母がいつも「飾らないと人形が怒って騒ぎ出すのだ」と言っていたからです。 十勝沖地震は昭和27年3月4日ですね。私が小学校6年生のときです。私がこの日をいつまでも覚えているのは、飾ってあった人形が心配で、2階から降りようとして階段のところで動けなくなったからです。(水谷 美代子さん 音更町在住) |
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