上野敏郎の
         上野敏郎の今週のコメント

第1383回普段着のとかちミーティング


開催日 令和3年9月8日(水)
【話 題】 子どもは遊びの大天才 [7]
− とおりゃんせ −


〜とおりゃんせとは〜

「通りゃんせ」は江戸時代後期ごろを起源にもち、ヨーロッパの
「ロンドン橋落ちた」などと同じ「関所遊び」で歌われる素朴なわらべ歌で、
江戸期には「天神様の細道」と呼ばれていました。

全国各地でさまざまなかたちで歌われていたものを、大正期に
本居長世が編曲し、歌詞の一部を改変してレコード化(レコード発売当時
のクレジットは野口雨情になっています)したものが有名になり、
わらべ歌の代表曲のひとつとなりました。
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〜遊び方〜

通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いにお札を納めに まいります
 行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ

二人の子どもが向かい合って立ち両手を繋いで挙げ関所をつくり、
他の子ども達が列になってこの手の下をくぐっていきます。
この間、『とおりゃんせ』を歌い、歌の終わりで、両手を挙げていた子どもら
がさっと手を下ろします。ちょうどそこにいきあたった子どもが
つかまって、関所役の子どもと交代するルールです。
ロンドン橋落ちたと同様の遊び方もあります。
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 〜豆知識〜

この歌詞の意味を江戸時代の頃の風習から見ていきます。
日本の江戸時代の頃は、貧困や疫病が流行り出した時代でもあり、
幼い子供は栄養失調で体力が無く命を落とす事が多く、
無事に育つ事が難しかった時代です。お金があっても薬がなかったので
将軍の子どもでも亡くなる時代です。

 子供は、生まれた瞬間から7歳までは神の子として扱われ、
7歳を過ぎた時からやっと人の子として認められていました。
神の子のうちは、神が好きに何処かへ連れて行く、天に連れて帰ってしまう
事もあるので、子どもが生まれたら「お札か人型に切り取った紙を身代わり」
として神棚に飾り7歳まで祀る儀式をして、無事を祈りました。

歌詞の中にも「この子の七つのお祝いに お札を納めにまいります」と
出てきますが、7歳になったので、神社に今まで祀っていたお札を
納めて来る様子が書かれています。

神隠しは、親が間引きを隠すための言葉だった説もあります。


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〜とおりゃんせ〜





(画:鎌田博文氏)



(画:菅野孝雄氏)

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