活動報告

このページは、平成30年3月末日で終了しました。ご利用を、ありがとうございました。

  主旨と目的。 帯広ダンスクラブは生涯学習の一環として、健康で楽しく過ごせる環境づくりと親睦と楽しい交流を目指して活動します。
帯広ダンスクラブホームページは、ご利用者に「情報を提供します」
  1. 生涯学習として、健康で楽しく過ごす事を目指して、ダンススポーツの普及と交流を図り、地域振興を目指しております
  2. キャツチフレーズは「美容と健康の為に楽しく踊ろう」帯広ダンスクラブ。毎月第一土曜日を原則に、ダンス交流会を開催しております。
  3. 誰でも気軽に参加して下さい。参加料は500円です。コーヒーやドリンク等を御用意して、お待ちしております。
  4. 毎月交流会の時に「帯広ダンスクラブニュース」を発行して、変化する.ダンス界の情報等を発信します。
  5. 各地で開催する、「ダンス交流会の日程や場所等」を広報誌とホームページで紹介しております。
  6. ダンススポーツの普及の為に、一般の部を(月)13:00〜15:00〜希望により補習の延長を行う。毎月4回を目指しております。
  7. 会場は、南コミセン大集会室。広くてフロアーの綺麗な所です。 (西10条南34丁目)
  8. 指導担当は、JBDF・JDSF公認指導員の阿部行雄と川村志津が担当します。(元ダンススポーツ競技選手)
  9. 会場:南コミセン(毎週曜日) 帯広市西10条南34丁目1−30 
  10. 「秋の観光旅行とダンス交流会」を状況を見て開催します。(中標津町で2回開催しました。)
  11. 毎年1月に創立記念行事を開催し、福引抽選会や全日本のトップクラスのデモストレーションを行つております。
  12. 平成21年5月に「帯広ダンスクラブニュース」NO.200号を発行しました。 ----2018年3/3・NO.303号で終了しました。
  13. 帯広ダンスクラブホームページ、2009/07/15日にオープンしました。
  14. 帯広ダンスクラブホームページ、2011/02/22・アクセス3.000回達成
  15. 帯広ダンスクラブホームページ、2011/12/13・アクセス5.000回達成
  16. 帯広ダンスクラブホームページ、2013/10/16・アクセス10.000回達成
  17. 帯広ダンスクラブホームページ、2014/08/28・アクセス12.000回達成
  18. 帯広ダンスクラブホームページ、2015/02/06・アクセス13.000回達成
  19. 帯広ダンスクラブホームページ、2015/08/25・アクセス14.000回達成
  20. 帯広ダンスクラブホームページ、2016/08/03・アクセス16.000回達成
  21. 帯広ダンスクラブホームページ、2016/12/21・アクセス17.000回達成
  22. 帯広ダンスクラブホームページ、2017/06/17・アクセス18.000回達成
  23. 帯広ダンスクラブホームページ、2017/12/20・アクセス19.000回達成
  24. 帯広ダンスクラブホームページ、2018/07/11・アクセス20.000回達成
  25. 帯広ダンスクラブホームページ、2019/02/25・アクセス21.000回達成
  26. 帯広ダンスクラブホームページ、2019/10/12・アクセス22.000回達成
  27. 帯広ダンスクラブホームページ、2020/06/13・アクセス23.000回達成

JDSF組織名の歴史。メモ
@1977年(昭和52年)JADA=日本アマチュアダンス協会設立。
A1999年(平成11年)JDSF=日本ダンススポーツ連盟と名呼の変更。
B2002年(平成14年)社団法人に認定される。
C2002年7月(JOC)日本オリンピック委員へ正式加盟--世界の(IDSF・wdsf)傘下となる。
D2011年4月1日、文部科学省より、社団法人から「
公益社団法人」となる。
E2020年7月24日〜「
東京五輪」オリンピック大会に、ダンススポーツ参加は認められませんでした。(採点関係の不備等で)
F2016年6月23日国会で「風俗営業法が改正されて」ダンスの文言が削除されました。一定の明るい会場で、ダンススポーツをお楽しみ下さい。
G2019年4月3日・公益社団法人.日本ダンススポーツ連盟(JDSF)が、公益財団法人.日本スポーツ協会に正式加盟・(旧呼.日本体育協会)

@
公益社団法人JDSF日本ダンススポーツ連盟。(2011/04/01)
A
IDSF(国際ダンススポーツ連盟)==WDSF(世界ダンススポーツ連盟) 
B2015年6月17日「風営法改正案が可決成立しました。」詳細は、別途に掲載。
C2016年6月23 日「風営法が改正れて、ダンスの名称は、除外されました」日本ダンススポーツの管轄は、文部科学省となりました。

◆平成から令和へ
西暦2019年5月1日(水)皇位継承により、平成は、31年4月30日で終了、5月1日(水)より、令和元年となりました。各地で記念行事や祝賀記念が開催されて、テレビでは、30日〜1日に渡り、特集番組で放映されておりました。
 日本の長い歴史の中で、「皇位継承は天皇が薨御されてから、新天皇が即位する」事が決まっておりましたが、今回平成天皇が「天皇は、日本の象徴として勤めておりますが、年齢と共に体力に不安を感じ、象徴天皇の役目の不安」を国民に問いました。
 国の諮問機関で検討し、意見を尊重して、国会で審議が行われて成立しました。今回の、生前退位が実現されました。
 今回は、平成天皇の歩まれた31年の歴史を、テレビや新聞で報道されて、国民の象徴天皇の務めが紹介されました。国事行事としての行動は、我々国民から見ても感謝とお礼の気持ちが沸いてきます。
 新天皇が即位されて「令和元年」が誕生しました。全国で祝賀ムードとなり、世界各国よりも祝福されました。
 戦争のない平和な生活は、全国民の願いであり期待でもあります。この機会に、我々国民の一人として、歴史を振り返り考える事も大切に思います。
              帯広市総合体育館、長い歴史を終える
現在の帯広市総合体育館は、1972年(昭和47年)にオープンしました。今年の12月29日(日)を持って使用が中止れます。現在の体育館使用期間は、47年間となりました。途中で新築案も出ましたが、市の予算等もあり、補修工事を施して使用する事ななり、現在に至りました。
 私も、サークルのレッスンに2階の運動室を使用させて戴きましたが、雨降りの時は、雨もりが有り、職員は、バケツと雑巾で対応していた事も有りました。毎日大勢の利用者が有り、長年に渡り有効に活用させて戴き、大勢の利用者に親しまれた施設だつた事を感謝しております。

 新総体育館は、2020年(令和2年)2月29日(日)オープンとなりました。当日は、「新型コロナウイルス」が世界規模で流行し、日本でも感染者が確認されて大変な状況でした。十勝でも、中札内で10才の男子が陽性と確認されました。
 帯広市は、当日予定されていた「オープンセレモニーや記念行事等」も中止されて、静かなオープンとなりました。


              (公益社団法人)日本ダンススポーツ連盟(JDSF)が
              (公益財団法人)日本スポーツ協会に正式加盟・(旧呼.日本体育協会)
(公社)日本ダンススポーツ連盟が(公財)日本スポーツ協会へ正式加盟が認められました。
  2019年4月3日(水)その加盟承認証授与式が行われました。当連盟創設当初からの悲願であった「国体参加、オリンピック参加」を現実のものとする、今回の決定を踏まえて、JDSF役員の対談が「ダンスビュウー6月号に掲載」されました。
              日本ダンススポーツ連盟.斎藤斗志二会長の挨拶。
 「当連盟の創設以来の悲願であった、日本スポーツ協会へ正加盟が実現しました。1999年に準加盟してから20年かかりましたが、大きな目標を達成できたことを嬉しく思います。これにより、ダンススポーツの国体参加や、シニア版国体と言われる、日本スポーツマスターズに参加できる事になります。まだ、県の体育協会に末加盟の5県連盟を支援し、国体参加に向けて着実に取り組んで行きたいと思います」
会長のコメント、ダンスビュウ6月号より掲載。--文責.阿部。



      2018年度の思い出
帯広ダンスクラブ歴史の終演。創設以来30年、毎月第一土曜日夜間に「ダンス交流会」を開催して来ました。平成元年にサニーデパート6階  を借りて開催しておりました。オープン当時は、参加を戴く皆様に感謝の気持ちで、役員の手造りで「おしるこや焼きそば等」と「毎回樽生ビー  ル飲み放題」8月と12月には、帯広ダンス教室のご協力を戴き、「プロのデモ」を踊って戴きました。大勢のダンス仲間の参加を戴き、盛会に開  催して来ました。
  
平成7年12月とかちプラザがオープン。帯広市と十勝ダンス協会が協議の結果、毎月土曜日夜間「ダンスの日」として担当する事になりました。帯広ダンスクラブは、毎月第一土曜日担当となり、参加された方々へ「誕生日」月に、プレゼントと新春ダンスは「全日本トップクラスの選手を、お招きして踊って頂きました。」デモの無い年は「抽選で温泉御招待」を提供しておりました。主旨は、利益は参加者への考えです。
  優雅に温泉で「ダンスパーティー開催を考えて」旧雨宮館の社長と話し合い実現しました。毎回大勢の方々の参加を戴き開催しておりました が「突然倒産」
となりました。その後、筒井温泉で坂田隆志氏のご配慮を戴き、今年11月まで開催しました。
  阿寒湖畔温泉「ホテル御前水」の要請を受けて、夏と冬の2回開催。無料送迎バスと豪華な料理で好評でしたが参加者の減少等で11年間 開催しましたが、終了しました。

  
ダンス交流会と観光旅行を兼ねて、貸し切りバスで、阿寒湖・摩周湖・開陽台等を間廻り、夜は「中標津のマルエー温泉」で、地元のご協力 を戴き、ダンス交流会を開催しました。(好評を戴き.2回実施しました)
  秋には、紅葉の季節には、貸し切りバスで、帯広〜層雲峡を回り、旭川で「
男山酒造を見学」試飲をさせて戴きました。その後、白銀温泉青 年の家で宿泊、地元の方々も参加して「ダンス交流会と懇親会」を行いました。次の日は、映画で知られた「北の国ロケ地」を観光。富良野市推薦の「オムカレー」を全員で戴き、紅葉の狩勝峠を通って、楽しい旅行は終了しました。
  毎回の行事に参加された方々より「とても楽しい想い出になりました」と感謝の言葉を時々戴く事が有ります。この様に楽しい人生の想い出になる事が、私のダンス人生の喜びと思っております。
  ダンスの普及を目指して、平成10年より、川村志津さんと「帯広ダンスクラブレッスン」を金曜日に開催しましたが参加者の要望で「日曜日」と月曜日に、レインボーダンスレッスンを継続しましたが、阿部の病気と体力の限界を感じ一部を終了しました。今年は、ゆっくりと観光旅行や各地のダンス交流会に参加して楽しんでおります。良いニュース等が有りましたらお知らせ下さい。  レポート 阿部行雄の一人ごと。
  

 
 ダンス活動の歴史
1月17日(金)、第37回帯広市体育連盟「功労賞」授賞式と新年交礼会が、とかち館で開催されました。
 十勝ダンススポーツ協会の推薦を戴き、今回、
阿部行雄が「功労賞」を戴きました。授賞の理由は、25年程前からダンスが踊れる環境造りに取り組んで来た事と、長年のダンススポーツの普及活動が認めれたと思っております。この授賞は、北海道内、ダンススポーツでは初めての授賞となりました。
 阿部は、平成4年に現在の「十勝ダンススポーツ協会」を創設し、平成5年に、「現在の北海道ダンススポーツ連盟」を創設しました。
その後、公的施設でダンスを踊れるように「32サークル会長さんの、署名活動を行い」連名で、帯広市コミセン運営委員連絡協議会会長杉野義則氏へ手渡し、お願いしました。審議の結果「公的施設を使用してフロアーに傷等が生じた場合は、使用したサークル会長が責任を持つ」と言う条件付きで許可となりました。(公文書は阿部が保管中)
 その後、帯広市体育連盟に加盟を申請し、審議の結果、加盟が認められました。これも、北海道内で初めての加盟であり、大きな話題となりました。
 現十勝ダンス協会設立の時に、帯広支局長にお願いして、現在皆様方が踊っておられる「共通のルンバとチャチャ」を、メタルテストと十勝管内に普及を目指して作って戴きました。好評だったので「共通のワルツとタンゴ」も普及されました。
 とかちプラザ建設時より「要望書」を提出し、ダンスの踊れる環境造りを、お願いしました。顧問の杉野義則氏と松田正志氏のバッアップがあり、帯広市前市長の高橋幹夫氏のご理解を戴き、毎週土曜日夜間は「ダンスの日」と設定を戴き、ダンスに興味のある方は誰でも参加し、健康の維持促進に努める事が出来るようになりました。
 今後は「生涯学習として」余暇時間を有効に活用して、「健康で楽しく過ごせる」時間を大切にして欲しいと思います。その為にも、楽しくダンスの踊れる環境を維持する為に「十勝ダンススポーツ協会」の組織を大切にし、結束してダンススポーツ環境の向上を目指してほしい思います。
 今回の授賞は、阿部の活動記録の1ページであり、組織運営の認識を持って戴く事が、今後の発展につながると思っています。阿部行雄


   平成31年間の想い出。
平成も、4月末日で終了となります。平成7年には、「地下鉄サリン事件」が発生し、大勢の死亡者と何千人もの被害者が発生し現 在も後遺症で苦しんでいる方も沢山おります。日本中に衝撃を与えました。
  平成初期は、高度経済成長が続き、豊かな生活が継続できました。半面、自然災害が多く、大きな地震と津波が発生し、福島の 原子炉が破壊されて、強い放射線が放出されて住民が避難する事件となり、現在は一部解除されて住民の一部が戻れるようになり ましたが、依然放射線量が高く帰宅困難者もおります。
  兵庫県や熊本県でも大きな地震による被害が発生しました。30年夏には「渋谷のハローウイン事件発生」9月には、胆振東部地震 が発生し、北海道で初めて全域が停電となり「ブラックアウト」となり、山沿いの住民が家と共に押し潰される大きな被害が発生 しました。死亡者43名が犠牲となり、土地や住宅が破壊されました。現在は、国の支援や地域ボランテア等の協力により回復され ております。
  十勝も、台風による被害で、国道38号線も、清水町で2か所流失し仮橋で通行しておりました。274号線も各所で崖崩れや橋の流 失等で長い期間通行止めとなり、代替えに道東道を無料で通行させる処置がとられました。清水町〜日高町区間も開通しました。
  平成時代の良かった所は、待望の新幹線開業です。北海道から九州の鹿児島中央まで繋がりました。2020年の東京五輪と   2025年の大阪万博開催の決定です。北海道道路網も整備されて「道東道」も釧路まで延伸されて、北海道経済にも大きな効果が生 まれております。現天皇の退位によって、5月1日より新年号に変わります。

        三崎ソシアルダンススクール15周年記念舞踏晩餐会
4月7日(日)に開催されました。阿部行雄83才・川村志津82才、ダンス人生40年の後期高齢者カップルが、体力の限界を感じて、体力のある  時に踊ろうと決断して、今回ワルツとタンゴのメドレーデモを踊らせて戴きました。
  三崎綾一先生には、オープン当初から指導を戴きました事を感謝を申し上げます。
 長いダンス人生の中で、大勢の方々のご協力を戴き、各種の行事を盛会に開催して来ました。毎回参加ご協力を戴き、喜んで戴きました事
 が、私達の喜びとなっております。お世話になったダンス仲間に感謝とお礼の気持ちで踊らせて戴きました。
 長い期間、ありがとうございました。阿部行雄・川村志津


     道内最低気温を更新-36度
2020年(令和2年)2月9日(日)朝、旭川市江丹別で、-36度を記録しました。当日、十勝の陸別町では、-30.7度を記録
  帯広市は、22.4度を記録しました。

2017年1月24日(火)朝、北海道日高町占冠で-32.8度を記録しました。当日帯広市は-22度ありました。
 十勝の陸別町も-32度の記録が有ります。今年の冬は、12月中旬より寒い毎日が、現在も更新中です。

     最高気温を記録.38.8度
2019年(令和元年)5月26日帯広測候所発表「38.8度」の最高気温を記録しました。
2016年6/03、北海道各地は真夏日から猛暑となりました。音更町駒場(十勝牧場)で北海道で最高気温
「37.8度」を記録しNHKニースで全国に放送されました。
 私も、6/04日に現地へ行って取材をして来ましたが、広い牧場は緑に包まれた、平野と小高い山があります。無風状態で気温が、どんどん上がるのが肌で感じられました。牧場内の馬たちも、涼を求めて日蔭に集まっておりました。
 牧場内の展望台からは、大雪山連邦が一望できる広大な風景です。場内の白樺通りも、将来を考えて新しい白樺を植える構想も新聞で報道されておりました。記録された「百葉箱」を遠方より写しました。 国道沿いでは好天を利用して、牧草の一番刈り作業がみられました。
 広い大地に黄色い「菜の花」が咲いている景色も美しく感じました。


     夢の北海道新幹線開業。
2016年3月26日(土)道民が待ちに待った「ブルーカラーの新幹線」が「新函館北斗駅」をスタートです。昔しは、青森駅から
 函館駅間は、約4時間30分かけて青函連絡船で海を渡って運行されていましたが、今度は、海底下240メートルを通る延長53K
 の津軽海峡線が、世紀の難工事を克服して、1988年3月13日に誕生しました。
  それから28年が経過し、やっと待望の北海道新幹線が、オープンです。新函館北斗から東京を通り、九州新幹線が一本の
 レールで繋がりました。長い年月をかけての開通です。
  1954年9月26日台風の影響を受けて、「青函連絡船.洞爺丸は、七重浜沿岸で転覆し打ち上げられました。死亡者1.430名となり、
 世界で話題になった。タイタニック号沈没に次ぐ、世界海難史上第2の参事となった。この事故をきっかけに青函トンネルの
 論議が高まりました。それから今年で、62年が経過しております。 
  津軽海峡線を紹介する、映画は「海峡」主演.黒沢明・雑誌も多くありますが、私は「青函トンネル」を読みました。
 驚くことは、新幹線車両1台の値段が、3億円×10編成です。現在に到る歴史を探れば、更に苦難の大事業だった事が解り、
 興味が湧いてくると思います。是非「新幹線関係の本を見て下さい。」難しい技術開発の成果と思います。 


 
    感謝とお礼
 
 2018年3月3日(土)13:00〜とかちプラザで「帯広ダンスクラブ・ラストダンス」を開催しました。参加者、350名
 1日の降雪と強風により、JRや国道・道東道もストップとなり、3日の行事も危惧されました。デモターを乗せた車は、札幌を 2日17時頃に出発し ました。高速道路も、夕張でストップとなり、開通の目途はなし、寒さと強風中4人で車中泊となり、  開通は3日8時頃でした 。やっと走れると思 ったら、清水インターが通行止めの為、狩勝経由で、帯広到着は、11時   30分。デモターも疲れていました。
  タンス衣装の展示販売も、10時予定で、お客も来ていました。
  私達も、全員の協力で準備作業を開始、オープンの13時、ぎりぎりで完了しました。ロビーには、大勢のダンス仲間が待 っていました 。デモタ ーも、衣装は揃いましたが、ヘアースタイルを直す時間もなく、早速笑顔で、デモを踊ってくれま  した。中学生兄妹のデモは  可愛く、素晴ら  しい踊りに、会場から大きな拍手が響きました。デモ10曲を踊って頂き  ました。当日、選手紹介や進行を手伝ってくれ た方は、現在、北海道 ダンススポーツ連盟会長の、高橋毅さんです。  デモターは、孫さんです。司会進行は、私と長年苦楽を友にダ ンス活動を続けた、大浦則世  氏です。大変お世話に なりました。
  当日は、参加券と座席指定を1枚にしましたので混乱はなかったと思っています。遠くは、紋別網走・根室釧路・中標津 と各地より、 ご来場  を戴き、嬉しく思っています。
  阿部行雄81才、ダンス生活40年、無我夢中で活動した経験は、ダンス仲間に喜んで戴く行事を目指し、大勢の仲間が 出来た事で す。北  海道各地へ行っても、ダンス仲間にお逢い出来る事です。私の貴重な財産となりました。
  ラストダンスに、オリンピック候補の太田歩生・なごみ組のご協力を戴き、ラスト行事に華を添えて戴き、ご参加を戴きま した皆様に、 感謝の 言葉を添えてお礼を申し上げます。長い期間、ありがとうございました。  帯広ダンスクラブ会長 阿部行雄。


    第22回踏湯会ラストダンスパーティー
※ダンス界の長い伝統と歴史を持つ、ダンス交流会が又一つ消滅します。社交ダンスやパーティーと呼ばれて、ダンス人口の増加と  将来を 考えて、現在の十勝ダンススポーツ協会を設立。各地で、サークルや愛好会が数多く誕生しました。
  ダンス交流会も、各地で開催される様になりました。今迄の「暗い会場から、明るい会場」へと変身しました。更に「温泉でダンス」を考えて、 十勝川温泉に有りました「旧雨宮館」社長と交渉し、了解を戴き、雨宮館が主催、参加者は、阿部が担当を約束して実施したのが始まりです。
  その後、坂田隆志氏が雨宮館の支配人となってから、協力を戴き、開催する事になりました。
  毎回参加者も多くなり、嬉しい悲鳴が上がる程の盛況でした。その後、社長も3回変わり、突然の倒産となり、雨宮館は閉鎖となりました。
 坂田支配人は、現在の筒井温泉の支配人として勤務する事になり、阿部と協力して、湯煙り漂う温泉で「ダンス交流会」を開催して来ました。 最近は、趣味の多様化と高齢化に伴うダンス人口の減少により、残念ながら、今回で終了する事となりました。
  長い期間、大勢のダンス仲間に支えられて開催し、喜んで戴けた事が私達の大きな喜びです。
 22年間のご協力に感謝を申し上げまして。お礼の言葉とします。 筒井温泉支配人、坂田隆志・協力者.阿部行雄。