key2 コーセル(魔術師)との出会い

バジルが故郷を発って、その後の話。
彼は、東へ東へと進んで行き、数日が経っていた。

 彼は、自分の故郷からその生活範囲を出て、他の町などを訪れるのは始めてだった。なんだかんだと問題を起こしていた彼だが、実際には町の外に出た事は無いと言っても良いだろう。勿論、例の山の事件は別として。
 見るもの触れるものが、彼にとっては全て新鮮だった。興味を示した物にはとことん執着し、興味が満たされると次に進む。だから旅としてはかなりゆっくりとしたペースだと言って良いだろう。
 しかしそもそも、この旅には目的が無い。いや、旅そのものが目的と言った所だから、通過する場所の全てを味わい尽くすような素振りである。
 まあ彼のことだから、興味の延長線でかなり危険な行為をしようとする。その度に道連れとなった白い子犬に噛まれ、その事で二人で言い争っていた。バジルの足には、既に随分の噛み傷がある。

 さて、バジルがその故郷を発って数日後、少々大きめな街に到着した。街の四方は外壁に囲まれており、入るのに重たげな門を潜る。街中に入ると、今まで彼の見たことの無い、全く新しい世界が広がっていた。
 中央の通りは大きく真っ直ぐ続き、その両側には賑わいだ商店が並んでいる。多くの人々が行き交い、楽しげな声が飛び交っている。
 バジルは街に入ると同時に、まず呆然とした。これほど多くの人が世界の中に居ると言うことを、始めて実感したようだった。
 色々と寄り道を繰り返しながら、これからしばらく寝泊りをするであろう宿を探した。
 バジルは暫くこの街に滞在し、街の至る所、様々な出来事を目に収めようと決めた。同時に旅費も稼がねばならない。あの旅人が言ったように、旅にはお金が必要だし、お金を得るためには働かなければいけなかった。
 しかし、先ずは一泊。探し当てた安宿で、歩き疲れた体を癒すことにした。

 翌日。
 彼が起きた時は、既にお昼近くになっていた。慌てて起きると直ぐに着替え、街に繰り出す。
 先ずは街を散策し、そのついでに雇ってもらえそうな場所を探すつもりだった。
 彼が街の中心部に来ると、噴水のある広場が目に入った。そこに人だかりが見える。興味を示したバジルは、その人だかりの中に入っていった。
 見ると、人だかりの中心には、テーブルを前に奇術を披露している青年がいる。ラフな格好で、左手にウォンドを持ち、カップとボールを使った手品を行っていた。
 『さてこの魔法は、魔法の歴史の中でも最も古いと言われています。例えばこのボールを、右のカップに入れて隠す。そうすると、えーと、・・・君!』
 奇術師の青年は、最前列を陣取っていた男の子を指差して呼んだ。
 『ボク?』
 『そう、君。今ボールは何処にあるだろう?』
 『一番右のカップの中だよ』
 『その通り。でも魔法をかけると違う。こうやってウォンドで叩くと、ボールが飛んでいってしまう。・・・信じるかい?』
 『うーん・・・でも、ボールは飛ばないよ』
 『投げれば飛ぶでしょ?』
 『そうだね』
 『それと同じだよ。ほら・・・』
 奇術師の青年がカップを取り上げると、中に入っていたボールは消えていた。見物客から驚きの声が上がる。
 『さて、ボールは何処へ言ったろう。ああ、そうだ。君のポケットの中を探してもらえないかな?』
 観客の視線は、男の子に方へと集中する。若干緊張した面持ちで、男の子はポケットを探すと、まもなくその中からボールを取り出した。さらに周囲から大きな歓声が上がった。
 『君は魔法を信じるかい?』
 男の子は、自ら体験した不可思議に感動して声も出ず、ただ頷いて見せた。奇術師の青年はにっこりと笑って見せると、
 『君も魔法使いになれるよ』
 と言って、直ぐに次の奇術に取りかかった。
 奇術はしばらく続いた。次々に予想だにしない不可思議が起こり、見物客は驚きと感動の声をあげる。勿論バジルも、その青年から繰り出される奇術に魅了されていた。
 最後に奇術師の青年は、机の上にあるものを次々と消して見せ、そして帽子一つを残して終わった。
 『見て頂いて有難う。心ばかりの評価でも、この空の帽子の中に入れて頂ければ幸いです』
 青年は深々とお辞儀をした。
 すると見物客達は、それぞれ財布をとって小銭を入れたり、気前良く大きなお金を入れてみたり。勿論、そ知らぬ振りで帰る人も居た。
最前列を陣取っていた男の子は、その様子を見て、しばらく難しそうな顔をしていたが、何かを思いついたらしく、ポケットから飴玉を取り出して、帽子に近寄った。
 『本当にボクも魔法使いになれるかなぁ?』
 『勿論! 保証するよ』
 男の子は嬉しそうに笑うと、飴玉を帽子の中に入れた。
 『ありがとう』
 その様子を見ていたバジルは、自分の財布を取りだし、その中身と睨めっこしていた。旅立ちからそれほど多くのお金を持っていた訳でもないし、これまでの道筋でも結構使っていたので、自分の感動に見合う額のお金を帽子に入れるのは、結構厳しい状態だった。
 しばらく考えて、自分が出せるギリギリの額を握ると、帽子に近付いた。
 『ごめんね。これしか入れられないけど。でも楽しかったよ』
 バジルが帽子にお金と入れると、奇術師の青年はにこやかに笑った。
 『これで充分。君は他の皆と同じ額を入れてるよ』
 『え?』
 バジルはその言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をした。
 『君が旅人だね。待ってたよ。カードは持ってる?』
 『え? ・・・え?』
 ますます、分からなくなってきた。
 『まあ・・・良ければ、片付けの手伝いをしてくれないかな。終わったら話そう』
 奇術師の青年はそう言うと、混乱しているバジルを尻目に、テーブルを片し始めた。

 バジルと奇術師の青年は、片付けを終わると、街の端にある湖のほとりまでやって来た。そこで腰のかけれる石に座ると、青年が話し始めた。
 『君の名前は?』
 バジルも隣に腰をかけて、それに答えた。
 『ボクはバジル』
 すると、足元をついて来た道連れの犬が、俺も紹介しろと言わんばかりに吼え始めた。奇術師の青年は、その犬を見ると、知った風な感じで犬に声をかける。
 『やあ、久しぶり。ロボウ』
 『−よう、久しぶりじゃないか、コーセル−』
 『コーセル?』
 『ああ、ボクの名前だよ。コーセル。宜しく、バジル』
 バジルには、何がどうなっているのか全く分からない風だった。頭に浮かんだ疑問がただ増えるばかりで、何から聞けば良いのかも分からないくらいだ。
 しかしまず、
 『コーセルは、ボクのことを待っていたって言ってたけど、何で? 会ったことあるかな? ・・・え、でも無いよね。名前を知らなかったし』
 コーセルは少し考えると、おもむろにバジルが背負っている鞄に手を伸ばした。
 『ちょっと良いかな?』
 そして、鞄の中からカードを取り出す。バジルが旅立ちの前の日に、旅人から貰ったカードである。コーセルはそのカードの中から一枚を取り出した。そのカードには、一人の青年が四つの道具を持って、天と地を指差している絵が描かれている。
 『これはボクのことだよ』
 『・・・ああ・・・えーと・・・』
 『魔法使いだ。ボクはね』
 そう言うとコーセルは立ち上がり、自分の鞄の中から赤いローブを取り出して羽織った。そして湖に背を向け、バジルの方に向き直ると、一枚のコインを取り出した。
 『さっき、お金を帽子に入れてもらった時のことを覚えているかな?』
 『うん、ボクが皆と同じ額を入れたって』
 『その通り』
 『でも、ボクは皆より少なかったはずだよ。それに皆だってバラバラの額を入れたし、入れなかった人も居た。男の子は飴玉を入れていたよね』
 『そうだね。でも同じ額だ』

 『お金とは、事物の価値を示す道具だ。人の労働には価値がある。その価値は何で示されるか。作られたあらゆる物には価値がある。それは何によって評価されるか。』
 コーセルは独りでに語りだし、手に持ったコインを目の前に持って来た。次の瞬間、小さかったコインは、いつのまにか大きな円盤となっていて、その表面には不思議な模様が描かれていた。それを手から離し大地に落とすと、ドンと大きな音を立てて地面に垂直に立った。
 『お金とは、価値あるもの全ての評価を表わすためにある。価値は様々な場所で取引される。その為に形が必要になり、量が必要になる。価値は全て、同じ基準に無くてはいけない。だからお金は統一された基準として、人間の間を行き交う。人が労働をすれば、その価値にふさわしい賃金が与えられなければいけない。作り上げた商品も、それに相応しい価値がある。それも正しい値段で取引されなくてはいけない。その価値を見える基準としたものがお金。・・・だからね。ボクの奇術を見てお金を入れてくれた人は、それぞれの基準で感動を評価して、その分をお金に換算して入れていたんだ。だから、全ては同じ額だと言える。例え飴玉でも、その飴玉は一番多くのお金を入れてくれた人の評価と、全く同じだ。男の子にとって、その飴玉はそれだけの価値があったんだよ。目に見えるものは、全て価値がある。大地に属するものは、全て価値を伴う。それは見えないところで働いた様々なものが、その価値を示すために現れたものなんだ。』
 コーセルはここで一旦言葉を切って、バジルの方を見た。当のバジルは、その様子を呆然として見ている。
 次にコーセルは鞄の中から剣を取り出した。それほど大きくない鞄から、一振りの剣を取り出すと、呆然としていたバジルも驚いて声をあげた。
 『剣は何の道具だろう?』
 コーセルはバジルに問いかけた。
 『・・・敵を倒す道具?』
 『うん、そうだね。でも、それは二次的な目的に過ぎない。剣の本当の目的は、相手を支配する事だ。剣は、相手を倒す前に、相手を支配する目的で使われる。支配は色々な形でおよぶ。まずは、剣を鞘に収めたまま、お互いの意志を理解するように努める。これが無理なら、剣を鞘から抜き、相手を従わせようとする。それさえ無理な時、始めて剣を振り、相手の死を持って支配する。例えば、それは言葉でも同じだよ。言葉は相手を支配できる。同時に言葉で人を殺す事も出来る。これの応用が魔法かな? 例えば・・・』
 コーセルは辺りを見まわして、身近にあった樹木に目線を移した。バジルもそれを追い、樹に目線を移す。
 『枯れろ』
 コーセルが、その樹に向かって言葉を言うと、見る見るうちに樹の葉は赤くなり、そして茶色くなり、水気を失せ、散り、ついに枯れ果ててしまった。バジルは目の当たりにした光景を、驚いて見ていた。
 『言葉は、もののありようを縛り付け、強制する力を持っているんだ。・・・バジル。樹に向かって、元へ戻れって言ってごらん』
 『・・・元へ戻れ』
 バジルが恐る恐る、しかし期待に満ちてそう言うと、枯れた樹は見る見るうちに緑の葉を茂らせた。バジルはその光景を、目を輝かせて見ていた。
 コーセルはその様子を見て、楽しげに微笑む。
 『剣は傷付ける道具だと思われがちだけど、癒す力も持っている。医者が刃物で、病気の部分を切り取って治療するようにね。勿論言葉も、癒す力を持っているよ』
 ここでコーセルは、大地に剣を突き立てて言葉を切った。
 また鞄の中から、今度は綺麗な杯を取り出した。
 『杯は何の道具だろう?』
 『水とか、飲み物を飲む道具だよね』
 『その通り。形の定まらない、しかし人間にはどうしても必要な液体を受け支えるために必要な道具だ。魔法の世界ではね、聖杯は水の象徴と言われている。でもこれは少し誤解を招いてしまう。聖杯は水の器だからね。水は常に形を変える。水を注ぐ器によって、様々な形に変化する。他にも、水のありようは様々だ。大海の水。水蒸気となり、雲となり、雨となり、川の流れになる。至る所に行き渡り、そこで待っている器に合わせて姿形を変えるんだ。聖杯は魂を意味して、それを満たす水は、魂を満たす霊を意味する。霊も千変万化。魂の形に応じて、様々な形になる。人間の心も、また愛も、その器を満たす水だよ。・・・だから愛は難しい。皆『愛』の一言で納得しようとするけど、形の無いものをどのように定めようとするのだろう』
 ここでまた言葉を切り、また鞄から長い棒を取り出す。
 『さて、これは何だ?』
 『棒?』
 『棒に見える?』
 『え、違うの? ・・・じゃあ、杖かな』
 『杖?』
 『・・・まさか、人を殴る道具とか言わないよね』
 『いや、全部正解。棒は、あらゆる道具の根源で、何にでも使えるんだ。勿論、旅に出る時に使う杖にもなるし、敵を殴り倒す武器にもなる。先にオイルを付けた布を巻いて火を点ければ、松明にもなるね。実際、魔法の世界では、棒は火の象徴なんだよ。火は、あらゆる文明の原点。物事の源泉であり、発端。あらゆる事物を動かすエネルギーなんだ。人間が動くためには、その発端として意志が無くてはいけない。意志があって、全ての物事がスタートする。小さな火種から、大きな炎を生み出すように。棒や火に例えられるエネルギーは、色々なことに用いることが出来る。学者が言うような、位置のエネルギー・速さのエネルギー・電気のエネルギー・熱のエネルギー・光のエネルギー・物質の維持のエネルギー。全て同じエネルギーなんだ。それは全て存在の根源。【在る】と言う意志の持つ、エネルギーなんだよ。』
 また一旦言葉を切った。それからコーセルはバジルの目をしっかりと見つめると、またゆっくりと話を続けた。
 『魔法とは、これら四つの道具を自由自在に操る術。魔法使いとは、その術を自由自在に操る人間。宇宙の全てに偏在する理を、自分の体で体現し、自分の体で為す全てを、宇宙の理に同化させる技術。自由自在。・・・それが魔法使い』

 コーセルは一通り語り終えると、四つの道具と赤いローブを鞄に仕舞った。
 バジルは、コーセルの一言一動の全てが、ダイナミックに演出された魔法に見えて、言葉も無いほどに感動していた。自分の全く知らなかった不可思議の世界が、すぐそこにあるように思え、目を輝かせて喜んでいた。
 『コーセル、凄いよ! そんなに色々なことを知っているなんて。何処で習ったの。ボクも魔法が使えるようになりたい!』
 その興奮した声を聞いて、コーセルは嬉しそうに笑った。そして暫くして、今度は難しそうな顔をした。
 『そんなに喜んでもらえると、やっぱり嬉しいね・・・うーん・・・でもね、魔法ってのは本来簡単なんだ。本来、何の不思議も無い。全く当たり前のことなんだよ』
 バジルはそれを聞くと、驚いたような目をした。自分の目の当たりにしたことが、全く不思議な事ではないなんて!
 『でも、不思議だよ。魔法使いじゃない人が、樹に向かって枯れろって言っても、樹は枯れないよ』
 『そりゃそうさ。長い時間をかけて、訓練を積んで、始めてそう言う事が出来るようになったんだ。まあ、要はレベルの問題かな?』
 『レベル?』
 『君だって、今まで魔法を使った事があるはずだよ。でもそれが、全く当たり前過ぎて、魔法だって気が付かないだけさ。ボクは修行をしたからね、色々と複雑なことも出来るようになった。皆が出来ないようなことも出来るようになったけど、基本的なところは他の皆と変わらない』
 バジルはまた頭に疑問を浮かべた。凄く難しいことを言われているような気がする。しかし、興味は尽きない。
 その様子を察したか、コーセルは更に説明を続けた。
 『例えば、君は料理が出来るかい?』
 『出来るよ・・・あまり上手じゃないけど』
 『うん。それが修行をしない人のレベルだね。例えば、街の食堂で料理をしている人は、君が出来ないような凄い技術で美味しい料理を作っている。更に王宮料理人は、もっと凄い。・・・でもやっている事は同じ料理で、食材も基本的に同じ、焼く・煮る・蒸すなんかも同じことだよ』
 『ああ、なるほど。確かに、上手い人の料理を食べると、魔法を使っているように見えるもんね』
 なんと無く理解したようである。
 『ねえ、コーセル。この湖の水を消せる?』
 『ああ、消せるよ』
 コーセルは湖に向かって『水よ枯れろ』と命令した。すると一瞬のうちに、湖の水は大地に吸い込まれ、枯れ果ててしまった。枯れた湖には、魚達が慌てたようにビチビチと飛び跳ねていた。
 『ああ、いけない! 悪い事をしてしまった。早く戻れ』
 すると、再び大地から水が涌き出て、湖は再び水に満たされた。バジルはコーセルを真似るように『水よ枯れろ』と呟いたが、先ほどのようにその通りにはならなかった。かなりがっかりしたような顔を見せる。
 『じゃあ、あの遠くの山を移動出来る?』
 コーセルはまた難しい顔をした。
 『うん、出来るけどね。何かをするには、明確な意志がなくちゃいけない。そして目的。更に、それを行った結果、何が起こり、どのような影響が宇宙にあるかも考えなくちゃいけない』
 『なんか、また難しいこと言ったね』
 『えーと、つまりね・・・・山を動かすと、今まで山で仕事していた人が、困るでしょ? 山の影になっていた場所に光が当たり、その場所の自然が変わってしまう。同時に、今まで山が無かった場所にあった畑とかは、山の影になって作物が育たなくなるかもしれない』
 『ああ、そうか』
 『何かをすれば、必ず変化が起こる。一人の行動が、全ての世界に影響を及ぼす事を考えて動かなくちゃいけないんだよ。特に魔法使いはね』
 バジルも納得したらしく、それ以上コーセルに無理なお願いをすることを止めた。

 『ところで、ボクを待っていたって言ってたよね』
 『そうそう』
 『どうして?』
 『君と一緒に旅をするためだよ』
 『ふーん・・・・・・』
 ・・・
 『・・・え?』
 『旅を、一緒に』
 バジルは耳を疑っていた。勿論、コーセルが旅に付いてきてくれるのなら、それは嬉しい。しかし、あまりにも突然な申し出で、それを受け取る準備など出来ていない。
 『な・・・何で?』
 『うーん、説明は難しいな。君が肉体にとっての魂で、魂にとっての霊だから・・・と言っても分からないよね。うん。そのうち分かるって』

 その後、バジルは呆然としたままコーセルと別れ、宿に帰っていった。結局働く場所を見つけることも無く、そのまま帰って、呆然とお風呂に入り、呆然と床に入って寝てしまった。
 翌日、朝早くから街に繰り出したが、案外簡単に仕事は見つかった。宿の近くの飲食店で、しばらくウェイターとして雇ってもらう事になったのだ。
 滞在中は、ほぼ毎日コーセルと会う機会を持てた。コーセルも暫くこの街に滞在するらしく、毎日場所を変えて人々に奇術を見せて楽しませていた。
 始めて会った日から、旅に同行すると言う件については全く触れる事はなかった。バジルは数日のうちに、単なる聞き違いだったのだろうと思い始めた。
 バジルが街に来て数日が経ち、旅に充分な資金が出来たころ。
 バジルは世話になった宿の人や、働いていた場所にお礼を言ってから荷物をまとめ、街の門のところまで来た。
 ・・・そこには見知った顔が既に待っていた。手を振り、早く行こうと言わんばかりの顔をしている。
 言わずもがな、それはコーセルその人だった。

 こうして、バジルの旅にはもう一人の道連れが出来た。
 ここから二人の一匹、あえて三人と呼ばせていただきたいが、彼らの旅が始まるのだった。


解説 常葉 了

 タロット大アルカナの中でも、魔術師は特別な場所に居る。
 『愚者』のカードが、タロット78枚全てを旅する放浪者であるなら、『魔術師』はタロット78枚を象徴体現するカードである。抽象的な表現をするのであれば、『魔術師』は肉体であり、『愚者』はその魂。『魔術師』が魂であれば、『愚者』はその霊だと言える。
 物語の中でバジル(愚者)とコーセル(魔術師)が一緒に旅することになったが、あくまでも旅の主体はバジルであり、コーセルは伴うものなのだ。バジルは、旅の始めで自分の肉体を手に入れる事になり、今後はその肉体を通して、世界を渡り歩くことになる。
 逆にコーセルにとっても、自分の魂が必要だったことになる。彼は、魔術を行使するには、意志と目的が必要と語る。それが無い場合には、魂のない魔術、全く無意味な行為となってしまう。その点から言っても、彼の魂たるバジルの存在は、魔術師である彼にとっては必要不可欠であると言える。
 この観念は、実際的占いには直接的影響は無いものの、一応、魔術師の一派である占い師自体には結構重要であることを覚えておこう。
 魂の無い、意志と目的の無い占いは、真の意味で役立てることは無い。

 さて、今回の物語の中では、コーセルの口を借りて、四大論に関する簡単な解説を含めてみた。勿論、紙面上の節約で書けている部分も有るが、四大の解釈に取り組む切っ掛けにはなると思う。
 さて、今後彼らの旅はどう展開していくのか。
 こうご期待!