key3 知性の神殿

 バジルが故郷から旅立ち、既に数ヶ月が経っていた。
ロボウと呼ばれる白い犬と、魔法使いのコーセル。二人(一人と一匹?)の道連れが居ることで、バジルの旅も随分と賑やかなものである。
 コーセルと出会った街を出てからも、様々な場所を、風の向くまま気の向くままに、ゆっくりと歩みを進めていた。
 この旅の主体はあくまでもバジルである。滞在した街を後にする際には、コーセルは必ず『さあ、どこへ行こうか?』とバジルに聞いている。バジルは地理には疎いので、全くの当てずっぽうで『あっちへ行こうか』と指をさすのだった。それからコーセルが、指の向こうにある街を思い浮かべて、若干の修正を加える。
 また、バジルはその好奇心から、道中いたる所で危険な行為を仕出かそうとしていた。その度にロボウが足に噛み付き、大事を回避している。
 まあ何だかんだで、バランスの良い旅になっているのではないだろうか。

 さて、バジル達が次に立ち寄ったのは、海辺にある神殿だった。
 その神殿の入り口の両脇には、二本の柱が立っており、右側が白く、左側が黒い。普通柱とは、何らかを支えて建つ物だが、この二つは別に、建物を支えるでも無し、門を支えるでも無し、ただ単に建っているように見えた。
 コーセル曰く、この二つの柱は『真理』を支えているのだと言う。バジルは心の中で、『真理って、こんな柱で支えられるようなものなのかなぁ』と呟いていた。
 「さてと・・・」
 コーセルは神殿の中に入ると、一息ついたように呟いた。
 「なに?」
 「うん・・・ここにね、知り合いが居るんだ。会いに行くつもりなんだけど、探すのに色々と手間がかかってね、時間がかかるんだ」
 「別にいいよ。ゆっくり待ってるから」
 「一緒に行かないの?」
 「うん・・・」
 バジルは神殿の内部を見まわした。そこは単なる祭儀場と言った構造ではなく、かなり大きく入り組んだ建物に見えた。実際、そこを歩いている人達は、全てが司祭や参拝客ではなく、理知的な顔つきをした学生のような人々も居た。
 「ここは、どう言うところなのかな?」
 「ああここは、知性の神殿なんだ。この建物の中には、祭儀を行う場所と、それ意外にも学問を教える場所や、図書館も入っているんだよ」
 「そっか・・・ちょっと一人で見て廻りたいな、良いかな?」
 「分かった。じゃあまた後で合流しよう」
 そう言うとコーセルは、軽く手を振り、神殿の中を確認するように見まわしてから、建物の奥へと消えていった。
 バジルも改めて見まわす。多くの扉や通路、階段などがあり、かなり複雑な構造に見えた。
 「さて・・・ロボウも一緒に行くかい?」
 −まあ、適当について行くさ−
 バジルは適当な通路を選んで、ノンビリと歩き出した。

 神殿は思っていた以上に広く、そして複雑だった。通路を歩いていると、意味不明な袋小路にぶつかったり、突き当たりに変な質問の書かれたかれたT字路にぶつかったり。バジルは幾つかの部屋も覗いてみた。研究室のような場所、祭儀場のような場所、講堂のような場所。コーセルが【知性の神殿】と言った意味が分かったような気がした。どこを見ても、頭を使うような場所ばかりで、歩いている人も皆、頭の良さそうな人ばかりだった。
 暫くうろうろとしていると、いつのまにか人通りの少ない通路に来ていた。それまでとは違い、カビ臭い、古臭い匂いのたち込める場所である。
 バジルは一つの扉に興味を惹かれた。別になんの変哲も無い両開きの扉なのだが、バジルは【そこに入ってみよう】と言う気持ちだけが先行し、その扉に近寄っていった。
 扉の前に立っても、やはり変わった所は見つからない。木で出来た、簡素な扉である。バジルがその扉をそっと押すと、キィ・・と言う古めかしい音を立てて、何の抵抗もなく開いた。
 小さな扉の向こうは、予想を裏切る光景だった。そこは広い(かなり広大な)部屋で、部屋一面に本棚が並べられており、ビッシリと古い書物が収められていた。部屋の奥の方からは、青い薄暗い光が差し込んでいる。目を凝らすと、部屋の奥の方には、大きな窓があり、そこから光が差し込んでいる。
 「あれ・・・?」
 バジルは、ふと疑問に思った。
 ・・・もう、そんな時間だったかな?・・・
 その大きな窓から差し込む光は、どう見ても昼の光ではない。夜の、月に照らされるような光だった。
 バジルは部屋の奥を目指して歩いた。奥に進むにつれて、その大きな窓の手前に、机があることが分かった。もう暫く進んで行くと、バジルは何かに気が付き、ふと足を止めた。
 ・・・人が居る・・・
 窓から差し込む微妙な光加減が、その人物の姿を曖昧に見せていた。
 バジルは悩んだ。このまま進んでも良いのだろうか? 勝手に入って、怒られはしないだろうか?
 バジルは暫く考えると、もう二、三歩だけ進んだ。その時に気が付いたのだが、この広い部屋では、かなり音が響く。バジルの足音は、確実に相手に届いているはずだ。バジルは諦めをきかせ、何事も無いように、更に部屋の奥へと進んでいった。
 どうやらその人影は女性のようだ。後ろを向いている。バジルの方を見てはいない。窓から見える景色を眺めているようだった。
 バジルは机の手前まで来ると、声をかける前に、彼女が眺めている景色に目をやった。
 窓からは海が見えていた。やはり昼の景色ではない。だからと言って夜の景色でもない。曖昧な、昼と夜とを分けたような景色である。海に浮かぶものは見えず、空を飛ぶものも見えない。青一色のグラデーションである。最早、海と空の境界線が分からない。
 「・・・おかしいなぁ・・・さっきまでは昼だったのに、そんなにゆっくりしていたのかな・・・」
 バジルは小さく呟いた。
 「・・・ここで見える景色は、いつも同じなのよ」
 その女性が振り返ることなく答えた。綺麗な声である。それからゆっくりとバジルの方を振り向く。美しい女性。神秘的な女性だった。
 「今は、お昼を少し過ぎたくらいかしら。太陽が、まだ元気に光っている時間ね」
 バジルの顔を見つめると、ニッコリと優しく微笑む。
 バジルはその笑顔にほっとして、心を落ち着かせた。
 「こんにちは。勝手に入ってきてごめんなさい。人が居るとは思わなくて」
 「お気になさらずに。この部屋は万人に開かれています。入りたいと思ったものなら、誰でも入って良い場所なんですよ」
 「あの・・・ここは?」
 「ごらんの通り、古い書物を隠した図書館です。私はここで司書をやっていて、皆から【ソフィア】と呼ばれます」
 その【ソフィア】と名乗る女性の声は、バジルの耳に美しい響きとして届いていた。しかし、その中でもバジルは、彼女の言葉に微妙な違和感があることに気が付いた。
 「えっと・・・図書館ですよね? 書物を隠すんですか? あと、皆から【ソフィア】って呼ばれているって事は・・・本当の名前は別にあるんですか?」
 彼女は軽く微笑んだ。
 「まあ、お座りなさい。お茶を用意してあります。どうぞ」
 彼女は、バジルの質問に答えることなく、机の傍らにあった椅子に座るように促した。それから、既に机の上にあったティーポットを取ると、用意されていたカップにお茶を注いだ。
 お茶は温かい湯気をたて、ハーブの匂いをさせていた。
 「・・・バジルさん? そうでしたね、お名前」
 椅子に座ったバジルは、彼女の言葉にきょとんとした顔をみせた。
 「ああ・・・あれ? まただ。まだ名前を言っていないのに・・・」
 バジルは、似たような経験をしたことがある。コーセルと始めて出会った時のことだ。その時は流石に名前までは知られていなかったが、やはりバジルのことを知っているようだった。
 「お待ちの方も、もう暫くしたらいらっしゃいますよ。少し、お話でもいたしましょう」
 そう言うと彼女は、自分のティーカップにもお茶を注ぎ、自分も椅子に座った。
 「この図書館は隠されています。勿論訪れた方には開かれますが、訪れるのが難しい。きっと彼も、今ごろ一生懸命になってこの部屋を探していることでしょう」
 彼とは、恐らくコーセルのことを指しているのだろう。しかし何故知っているのだろうか?
 「『彼』のことも知っているんですか?」
 意図的に名前を隠して質問をしてみる。
 「ええ・・・彼も一時期、この神殿で学問を学んでいましたからね。コーセル。賢い魔法使いです。しかし、いま一つ欠けた所がありまして、必至に世界中を探し回っていたようです」
 やはり名前も知っていた。つくづく不思議な気持ちになる。まるでナゾナゾを聞いているような奇妙な感覚だった。
 「探し物・・・?」
 「どうやらそれも見つかったようです」
 「?」
 彼女はそう言うと、ティーカップを手に取り、口に運んだ。
 「私を必要とする方、私を知られる方にとって、【ソフィア】とは、私の本当の名前です」
 「じゃあ・・・必要としない人にとっては?」
 「名前どころか、私自身すら存在しないことになりますでしょうね」
 「ああ・・・・・分からないや・・ボク頭悪いから」
 バジルは、分かったような分からないような中途半端な感じになり、曖昧に笑って反応を返した。
 バジルもティーカップを手に取って口に運ぶ。
 「そうでしょうか?」
 【ソフィア】は、軽く微笑んでバジルに話し掛けた。
 「はい?」
 「頭が悪いようには見えませんよ。・・・ただ、まだ知らないだけです。しかしそれは、これから知ることが出来る、と言うことでもあります」
 「あれ? 誰かに同じ事を言われたような気がするな」
 「だとすれば、その方は賢い人ですね」

 「【賢さ】と言うのも色々あります。例えば、ここにある書物の全てを読み、その知識を蓄えた人は賢いでしょう。しかし、書物に書かれた知識とは、生きた知識ではないのです。書物に書かれている時点では、死んだ知識。それを人が学ぶことで、知識は息を吹き返します。そしてその知識を理解することで起き上がり、更に知識を役立てることで、始めて生きた知識となるのです。これを知恵と言います」
 バジルは黙って聞いていた。自分の頭の中に、始めての知識が入ってくるのが分かったからだ。
 【ソフィア】は立ち上がり、近くの本棚から一冊の本を持ってきた。
 「この書物には、古代の医学の知恵が書かれています。読めますか?」
 彼女はバジルの前で本を開いて見せた。そこには、バジルの全く知らない形の文字が羅列されているだけで、意味どころか、一節も読み上げることが出来ない。
 バジルは黙って首を横に振った。
 「これは古い言語で書かれていますからね。この言語を学ぶところから始めないと、読むことは出来ません。たとえ読めたとしても、その知識を扱うには、また一苦労でしょう・・・非常に貴重な書物です。しかし・・・」
 そこで言葉を切ると、彼女は本を閉じた。
 「この書物には人を癒すことは出来ない。・・・本には何も出来ないんですよ。この本に限らず、この図書館に納められた数々の書籍は皆そうです。何も出来ない。人がそれを手に取り、それを読み始めることで、始めて生きたものとなるチャンスを得るのです」
 「では・・・本は無意味ですか?」
 バジルが口を開いた。
バジルは、本が嫌いではないが、余り読んでいる方でも無い。そもそもバジルには、教養がない。勿論、読み書きと簡単な計算は出来るが、学校で学ぶような学力は持っていないのだ。
 バジルは、新しい物を見つけるのが大好きである。それは勿論、書物が与えてくれる知識もそうである。しかし、それが無意味であると言われるのなら、それはあまりにも悲しい。
 「・・・どう思いますか?」
 ソフィアはバジルの目を見据えると、ゆっくりと質問をした。
 「ボクは無意味だとは思っていません・・・間違いでしょうか・・・」
 「いいえ、間違ってはいません。書物とは知識を収めるものです。書物には、先人の知識が収められています。知識は決して無駄ではありません。人が、知識を無駄にしてしまうことがあるのです。多くの書物を読み、博識となった人の中には、それで満足してしまう人がいます。彼が何もしないのであれば、知識は無駄となり、学ぶことに要した時間も無駄になるでしょう。彼は賢者ではありません。しかし、わずかな知識しか得てない人でも、それを役立てることが出来るのであれば、その人は賢い。生きた知恵を持つ人です」
 ソフィアは言い終わると、再び椅子に腰を掛け、お茶を口にした。バジルもつられてお茶を飲む。
 「私は、ここにある全ての本を読んだのですよ」
 「え!」
 バジルは思わず、口にしたお茶を噴き出しそうになった。彼女はさらりと言ってのけたが、それはかなりハードなことだと思えた。
 改めて図書館の中を見渡す。部屋は広く、本棚は数え切れない程である。そこに所狭しと並べられた書籍は全て厚手で、更に言えば、無数の言語で書かれた書籍であろうことは容易に想像できる。
 「これを全部・・・」
 「ええ全部です。しかも、これだけではありませんよ。この部屋以外にも、本が納められた部屋は一杯あります。この建物の中に収められた書籍は全てです。」
 バジルは呆然とした。一冊読むのに、きっと数日は掛かるだろう。だから、一つの本棚に収められた全ての本を読むには・・・一年、早くても半年。それがこれだけの量あるのだから・・・・!!
 「お幾つですか?」
 バジルは思わず質問してしまった。それから『しまった』と、自分の発言を悔いた。
 「女性に歳を聞いてはいけませんねぇ」
 ソフィアは軽く笑って答えた。
 「ごめんなさい・・・」
 バジルはオズオズと謝る。
 「確かに・・・見た目より遥かに歳をとっていますよ。この神殿に持ち込まれる全ての本を読みました。しかし・・・私はこの建物から出たことが無いのです」
 「!!」
 こんどは流石に声も出なかった。
 「だから、私こそ死んだ知識なのですよ。しかしそれでも、ここを見つけ、訪れる方が私の知識を求めてくだされば、私は生きるチャンスを得ます。」
 彼女は優しく、バジルに微笑んだ。
 「だから、有難う。貴方が来てくれて本当に嬉しいわ」
 バジルは、彼女の優しい微笑みの中に、何か悲しいものを見つけた。バジルは暫く黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
 「ボクも貴方に会えて良かったです」
 「ありがとう」

 その時、この部屋の扉が開き、そして誰かが入って来た。足早にこちらへ向かうのが分かる。
 「ソフィア」
 「まあ。今日は随分と早く見つけることが出来ましたね」
 「少しは成長したよ」
 バジルは、それが誰だか直ぐに分かった。聞き覚えのある声。
 「コーセル?」
 「え・・・? バジル?」
 コーセルは急いで机に近寄ってきた。そしてバジルの顔を確認すると、驚いたような顔をした。
 「どうやってここに・・・」
 「どうやってって・・・普通に歩いていたら、ここに来たよ」
 「・・・まさか・・・君に負けるとは・・・」
 コーセルは少しがっかりしたような顔をして、空いている椅子に座り込んだ。
 「どうしたの?」
 その質問に答えたのは、ソフィアだった。
 「言ったでしょう? ここは隠されているのですよ。見つけるためには幾つもの謎を解いて、ここに辿りつかなくてはいけない。」
 「賢くないと、辿りつけないってことだよ」
 コーセルが疲れたようにそう言うと、ソフィアが少し厳しい目をした。
 「それは違いますよ。バジルが先にここへ来たのが、何よりの証拠です。知識に振りまわされる者が、道を迷うのです。知恵を受け入れる準備があり、知恵を求めるものが、早く辿りつけるのです」
 「・・・はい」
 コーセルは少し気まずそうにして、返事を返した。
 どうやら、コーセルが会うと言っていた知り合いとは、ソフィアのことだったらしい。
 気を取りなおしたコーセルは、ソフィアにお茶を入れてもらい、それから楽しそうに話を始めた。コーセルの旅の話や、少し難しい話などもあったが、たまにバジルも参加して、楽しい雰囲気となった。
 バジルは、書物では得られない知識を、そこで得ているような気がした。そして、その知識を生きたものとする為に、理解し、役立てようと、心で決意していた。
 会話は遅くまで続いた。窓の外の景色が変わらないため、時間の感覚が分からない。ロボウは足元で眠っている。三人は、話し疲れるまで話していた。

 心地良い沈黙が続いた。
 話題も尽き、三人はノンビリと椅子にすわり、大きな窓から見える、不思議な景色を眺めていた。
 「・・・何故、ここの景色は変わらないのですか?」
 バジルは、静かに質問をしてみた。
 ソフィアがゆっくりと答えを返してくれる。
 「昼と夜が交じり合う・・・光と闇、空と海とが交じり合う。浸透しあう。これは、我々の生きる宇宙の、その全てを一貫する景色なのです。世界中の知識は、一つの場所に流れ込み、そこで浸透し合い、そこで永久に隠されます。まるで、海に流れ込む水のようです。海に流れ込んだ水がそうであるように、その場所に流れ込んだ知識達は、また広い世界へと旅立ち、生きたものとなれるチャンスを待っています。この景色はそう言ったものです。変わり無く見えますが、その大海の下、大空の上では、生きようとするものが隠されているのです」
 バジルは、改めて景色の細部に目をやった。海と空の微妙なグラデーションが、ゆっくりとお互いを浸透していることに気が付いた。
 その奥も見ようとした。しかし、それは目では見えなかった。バジルは目を閉じて、その奥に隠されたものに想いを馳せた。心の中で、その隠されたヴェールを取り、その奥へと足を進めた。そこでは、言葉に出来ないような、様々なものが見えるような気がした。
 バジルはそのまま、眠りに落ちていった。
 バジルは夢を見た。自分が暖かい、居心地の良い水の中でうずくまる夢である。それは広い海のようだ。とても落ち着いた気持ちになる。バジルは、顔も知らぬ自分の母親を思った。
 その先は・・・覚えていない。

 バジルが目を覚ましたとき、そこは宿屋のベットの上だった。
後でコーセルに聞いてみると、バジルが眠ってしまった後に、コーセルがおぶって連れてきたらしい。
 「ソフィアに、さようならが言えなかった」
 バジルはちょっとむくれて見せ、『何故起こしてくれなかったのか』とコーセルを責める。
 「起こそうと思ったんだけどね。ソフィアが起こしちゃ駄目だって言ったんだ。バジルが何か、良い夢でも見てたからでしょ?」
 コーセルの言い方は不思議に思えた。それではまるで、ソフィアがバジルの夢を分かっていたようである。
 そこをコーセルに追求してみると、コーセルは意地悪っぽい顔をして、
 「さあ、どうだろう?」
 と、はぐらかした。
 宿屋は神殿の直ぐ近くにあったので、バジルは旅に戻る前に、もう一度ソフィアに会おうと、彼女の部屋を探した。しかし前日とは違い、一向に部屋が見つからない。半日近く探したが、やはり見つからなかった。

 バジルは神殿を後にした。
 少し心残りだったが、これで二度と、ソフィアに会う機会が失われたわけではない。
 バジルは、また訪れようと心に誓う。

 「さあ、どこへ行こうか?」
 と、コーセルが聞く。
 「じゃあ・・・あっちに行こうか」
 と、バジルが答える。
 「そっちは王都の方向だね。じゃあ、王都に行こう」
 「うん」
 二人と一匹の旅は、まだまだ続く。


解説 常葉 了

 【女教皇】を理解する際には、その受動的な面に敏感にならなくてはならない。
 実に知性的なカードなので、学問などを占う際には、安直に『良い』と言う判断をしても良いのだが、大抵の場合は当人が置かれている立場や環境、状況の中で、如何に知性や直観力、先見性を活かすかを考えなければいけない。

 物語でも描かれているように、【女教皇】は大きな知性を持っていたとしても、余り力動的な力は持っておらず、場合によっては無力に等しい。彼女を生かし、喜ばせる為には、その能力を役立てなければ行けないのだ。
 彼女は時に、当人が運命を動かすだけの積極性や力を持っていない時に出現する。
 その時のアドバイスは、良い性質で出現する場合、既に内在し、気付かれている知性を、積極的に扱うこと。悪い性質で出現する場合、内在する知性に気付き、直感したものを見直すことである。

 さて今回の物語では、【女教皇】の性質だけではなく、多少なりの【愚者】と【魔術師】の性質も描いてみた。
 【愚者】と【魔術師】は、同一人物でありながら、全く異なる人物のように振舞ったりする。ここで書くのは無粋かもしれないので、是非各々で、色々と推測を立ててみていただきたい。それはきっと間違っていないとはずである。

 次回、バジルとコーセルは王都に向かう。そこで見るのは、外界に見られながら内在する、様々な局面である。

 バジルとコーセルの旅はまだ始まったばかり。これからの旅も乞うご期待。

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